真我布武 ー真我で歩いてゆくー

<"布武"とは本来歩くという意味です>

真我で歩く日々の気づき

最近、内観光受をやっている時、戦争に行って亡くなった、父の兄、通称”お兄さん”のところで、なぜか号泣してしまう。

はっと気づいたのが、うつ・死んでしまいたいなんて思っていたのが、とんでもない、ということ。

”お兄さん”は青春を戦争に奪われ、戦地で死んでいった。

相当無念だったでしょう。

それを、私はうつで常に死んでしまいたい・・・なんて思っていたなんて、とんでもない話しだ、とハッと思いました。

命の大切さに気づくよう、教えられているような気がしました。

自分の命はもちろん、人の命も。

せっかくの自分の命です。

また、こちらから見れば、アホか?!と思えるような人にも命がある・・・と。

それなりに真我を追求してきましたが、恥ずかしながら、ようやく気づきました。

また、それは今の苦しみがあるから、なのでしょう。

今の苦しみに出会う前は、真我が開いた、わ~い、宇宙の真理まで終わった、わ~い、なんて気持ちだったので、昨今の気づきなどありませんでした。

また、何か深くなったような気がしています。