真我布武 ー真我で歩いてゆくー

<"布武"とは本来歩くという意味です>

真我で歩く日々の気づき

やはり、”愛”だと思う。

 あれから、あの心のフタが開いた日から、ずいぶん自分が変わったと思う。

 一通り、宇宙の真理まで受け、それなりに真我を追求してきたけど、”やっぱり愛だ”なんて思えなかったし、そんな発想もなかった。

今は、堂々と言える。

やっぱり愛だと。

愛しかないと。

真我は愛だと。

それしかないと。

内観光受をしていると、もう心の奥底から愛があふれ出てくる。

 そう思えたら、そんな風になったら、不思議と人に恨みつらみを言う気になれなくなった。

前だったら、真我を追求しててさえです、この野郎!と思える事をされたら、相手の欠点をあげつらってお返ししてたけど、そんな事しなくなってる。

 そんな事したって、意味が無い、エネルギーの無駄遣いと思え、というより、むしろ可哀想な人だから、私の愛で相手を包みこんであげよう、と思えてる。

気づくと、短気もなおっているような気がする。

 話が変わって・・・。

ホントに問題、自分はその他は満ち足りているのに、問題つまり自分に無いものに焦点を当て過ぎたと思う。

そして、どうして私はこうなんだ、なんで私だけこうなんだと、相当自分をいじめてしまったように思う。

 ワクワクと愛、である。